2013年6月6日木曜日


武田 義三

武 田 義 三 略 年 譜



     年

                           関 連 事 項

1889(明22) ・2

         ・4

1896(明29) ・2

1910(明43) ・3

         ・6

19141918

1917(大 6

1920(大 9) ・3

1922(大11) ・2

1929(昭 4

この頃

1931(昭 6) ・9

 

1935(昭10) ・8

1936(昭11

 

1936(昭14) ・4

         ・5

         ・8

1940(昭15) ・5

        ・12

1941(昭16) ・2

        ・12

 

 

1942(昭17) ・6

1943(昭18) ・7

         ・9

1944(昭19) ・6

1945(昭20) ・8

 

1946(昭21) ・1

         ・7

1946(昭21) ・9

1947(昭22) ・4

 
                       5

この頃

1948(昭23) ・3

         ・6

         ・7

1949(昭24) ・4

 

         ・9

1950(昭25) ・4

 


         ・6

         ・9

1951(昭26)  ・4

         ・9

         ・10

 

1952(昭27)   ・4

         ・6

         ・10

1953(昭28) ・3

         ・6

1955(30)  ・4

 

1956(昭31)  ・4

         ・11

1958(昭33)  ・4

         ・11

1959(昭34)  ・4

          ・7

1960(昭35)  ・6

1962(昭37)  ・3
                         ・4              

  1963(昭38)  ・4

1964(昭39)  ・11

1966(昭41)  ・4

          ・9

1967(昭42)  ・4

 

1969(昭44)  ・3

1970(昭45)  ・3

 

 

 

1971(昭46)  ・4

 

1972(47))  ・10

1975(昭50)   ・3

          ・4

          ・5

帝国憲法発布

市制町村制施行され池田町・細河村・秦野村・北豊島村誕生

県高島郡新滋賀儀村(現高島市)で清水卯之助三男とし誕生

新儀村立高等小学校卒業。大阪船場「武田帯芯商店」に勤務

箕面有馬電気鉄道開通。池田室町住宅販売開始

第一次世界大戦

武田帯芯商店工場を池田伏尾に移転

武田竹三郎家に養嗣子として入籍

高橋芳江と結婚

大阪市から豊中岡町に転居

武田帯芯広告宣伝ビラを飛行機からまく

満州事変

養父死亡

1町3村合併「大池田町」誕生

衆議院議員選挙に大阪3区民政党候補で出馬。8人中5位

次点で落選。選挙違反で検挙・拘留される。

池田市制施行(大阪府で6番目)池田市人口35494

海軍記念日に5千円を寄付

武田帯芯、産業報国会を組織「更生館武田産業道場」創設

21工場の産業報国会を統合、池田産業報国会聯合会結成

池田市会、内務大臣命令で解散される

池田市会選挙。推薦議員30名全員当選。市長北村貞次

大東和戦争(太平洋戦争)

池田市役所、賞与100分の2国防献金。武田帯芯報国会

は千円を献金

経済統制実践会池田支部(90組会員5300)副支部長就任

池田市の軍用機「池田号」なため5千円献金

池田産報協力工業会社(40工場)の社長に就任

池田市伏尾に転居

敗戦・ポツダム宣言受諾。池田市人口 40914

翌年頃から「武田食品」経営。後「武田工業()」となる

GHQ公職追放令。4月町内会・部落会廃止

北村市長辞任

池田市長に井上道夫就任(2か月で辞任)

第一回統一地方選挙。武田義三公選第一期市長に当選

(武田 7627票・中田正道 6594票)

日本国憲法・地方自治法施行

川西町と箕面村合併問題起きる~1958まで続く。

消防本部・消防署開庁(10月消防団結成)

近畿市長会会長に就任

自治体警察誕生(1954廃止)

市制施行 10周年記念・市歌の制定

阪急文庫会館

シャープ税制勧告

市役所庁舎竣工・「池田市報」発行

池田市公会堂修築落成

朝鮮戦争勃発

大阪府市長会会長に就任 (人口 45177人)

2期市長に当選(無投票)

大阪府都市計画協会会長に就任

市営 初の「花園住宅」完成

市立池田病院開院

講和条約発効し日本独立回復

全国市長会副会長に就任

公選による教育委員誕生(1956公選廃止)

五月山公園に野外ステージなど完成

公共下水道事業開始(198999.5%普及)

3期市長に当選(武田16144 南幸太郎6861

前年末より「神武景気」高度経済成長

五月山土地区画整理事業始まる(1962.4.竣工)

小林一三・竹林瑞夫両氏に名誉市民賞

五月山観光道路完成・五月山公園で市制20周年事業行う

公団住宅・池田団地完成

4期市長に当選(武田14506・井上道夫11589

大阪空港が大阪国際空港に改称

日米安保改訂反対国民運動激化 (人口59688人)

池田市「平和安全都市」宣言

教科書無料配布を開始

5期市長に当選(武田20230・安野喜和一9950

有志により、五月山公園に「武田市長 寿像」建立

市立幼稚園の保育料無料化

池田市「教育・文化・健康都市」宣言

6期市長に当選(武田22586・田辺普13171

ゴミ収集料無料化

「池田市総合計画」策定

池田市「風格ある、ゆたかな都市」宣言

池田市同和対策基本方針を決める

千里丘陵で「万国博覧会」開催(9月まで)

池田市人口 94333

7期市長に当選(武田26016・田辺普12650

川西又吉4660

石油ショック(第4次中東戦争でアラブ石油国値上げ)

市民文化会館 開館

武田義三市長728年任期満了退任

528日 肝硬変によりご逝去

若生 生 市長に就任(520年間 1995まで)

池田市 人口 100268

 

池田市の生い立ち

 

明治 5年  戸長制度により豊島郡第1区に属す

  12年  郡区町村編成法により「池田村」

  22年  町村制の施行により池田町・細河村・秦野村・北豊島村となる

昭和10年  1町3村が合併し「大池田町」となる

昭和14年4月29日 市制施行

       府下 6番目  全国 49番目 人口 35,494人

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