2013年7月9日火曜日

黒田官兵衛


黒田官兵衛

平成26年NHK大河ドラマは「黒田官兵衛」と決まりました。官兵衛は播磨(兵庫県姫路市)に生まれ、豊臣秀吉に仕え竹中半兵衛と共に軍師として抜群の働きをしました。池田との関わりについては池田勝正に仕えた荒木村重が三好衆と図ってクーデターによって勝正を追放、北摂一帯を制し織田信長に信任を得たにもかかわらず反旗を翻し有岡城(伊丹城)に立籠りました。信長の命によって官兵衛が単身有岡城に乗り込み戒め説得を試みましたが捕らわれ牢に1年間も幽閉されたが救出され、有岡は落城しました。その後豊臣秀吉の朝鮮出兵に参戦、関ケ原の合戦では東軍徳川家康側に就き、慶長6年(1601)56歳で没しました。その子長政は姫路城主となり、やがて筑前福岡城主となり黒田家は繁栄しました。柏床宣宏氏(池田勝正・荒木村重研究者)が今研究中ですが、私の知っている話もあります。池田氏の菩提寺「大広寺」の参道に「陽春寺」がありますがその境内に「三光稲荷」と呼ぶ稲荷社があります。ここに朝鮮風の三体の神像が祀られています。この神像は加賀金沢藩主「前田利家」が朝鮮から持ち帰ったと伝えられる木像です。戦国時代前田利家・黒田官兵衛(孝高)・豊臣秀吉の三人が出世をこの神像に祈り祀ったと言われます。なぜこの神像が陽春寺に在るかと言うと加賀前田家の菩提寺に関わる僧が陽春寺三世住職として赴任する時もたらされたと伝えられます。そして以後「出世稲荷」として信仰されて来ました。

 

黒田孝高(15461601)   黒田官兵衛・黒田如水とも呼ばれます。
黒田長政(15681623)      

前田利家(15381599

豊臣秀吉(15371598) 

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