2015年12月16日水曜日

「赤とんぼ」のうた

「赤とんぼ」のうたー三木露風作詞・山田耕作作曲
夕焼小焼の、赤とんぼ  負われて見たのは、いつの日か
山の畑の桑の実を    小籠に摘んだは、まぼろしか
十五で姐やは、嫁に行き お里のたよりも、絶えはてた
夕焼小焼の、赤とんぼ  とまっているよ、竿の先

大正10年に発表されました。詩の内容は露風自身の幼少時代の思い出をそのまま詩にしたものと考えられます。 露風は5歳の時両親が離婚し、父親に引き取られ母親と生き別れて祖父に養育されることとなりました。そして子守り奉公の姐やに日常面倒をみてもらい大きくなりました。お母さんは実家に出戻っていましたが、近くの娘を子守り奉公に出すように図ることで、露風は姐やからお母さんの便りを聞くことが出来てお母さんも姐やから露風の生活の様子を聞くことができました。しかし姐やは15歳で嫁に行くこととなって、消息を聞くことが出来なくなってしまいました。露風は年月を経て大きくなりましたが、孤独で寂しい日々をすごしました。その一人ぽっちの姿を群れから外れて、疲れて一本の竿の先に留まる一匹の赤とんぼになぞらえて歌ったのでしょう。 第1節の夕焼小焼は幼少時代姐やの背中におんぶされて肩越しに見た夕焼で 第4節の夕焼小焼はあれから幾年か経て、現在見た夕焼小焼の風景で時空を超えた詩の内容となっています。真っ赤な夕焼けと赤とんぼの美しく鮮烈な情景。 姐やの背中に感じる暖かい体温と姐やへのほのかな恋慕の情。もう会うことの出来ない母への強く切ない未練の心。この3つの抒情がひとつの思いに重なり合っています。この短い詩のなかに万感の思いがこめられています。時代を超えて日本人の心を揺さぶる「赤とんぼ」は東北大震災のとき津波に押し流され材木に埋まって、もう助からないとあきらめかけたとき父親が夕焼小焼を口ずさみ心を落ち着かせて救助を待ち、無事に助けられたと言う話を聞かされました。「故郷」の童謡と共にいつまでも日本人の心を伝えて行きたいものです。
(NET「赤とんぼ」の記事を参考にさせて頂きました)

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