2015年12月6日日曜日

イタリア・トリエステ事情「精神障碍者への対応」

トリエステはイタリア北東部の港湾都市で古代より中部ヨーロッパへの門戸として繁栄して来ました。第2次大戦後はイタリア領となった人口21万人の国境の小都市でもあります。そんな位置にあるトリエステは人種の混合によって髪の毛、瞳の色、肌の色など様々で人種の違いによる差別抵抗はなく、極普通に婚姻関係が結ばれます。イタリア人は極端に言うと全6000万人が総変人ともいえる程個性的で自由に意志を表現しそれぞれがこだわることがありません。バスの中で大声を上げて要求する人があっても、ある人は無視しある人は同情しある人は抗議します。しかしある時点で騒ぎは収まり平静となります。みんな良く解っているのです。日曜日は街から人が消える?店舗はすべて休業!街中の人は仕事をしないで1日中家族と団らんの時を過ごすことを何より大切にします。券売機を使わず人と人とのふれあいを重んじ、乗物は定刻に発着することは珍しい。効率さより面倒と思われる行為を選び、物事がスムースに行かなくてもどうにかなるさ!とあせることがない。最後に上手く行けばそれで良いではないかと納得する。24時間営業の店などはない。そんなに働いてどうするの?人生は楽しまなくちゃ!岡本太郎がイタリアは「ありがとうの国」と言っている。人にあえば「ボンジュール!」一日同じ人に何回も「ボンジュール!」孤独になることは最も悲しいことで家族の絆を大切にして、それぞれがグループに属して行動を同じくし、バザール(広場)やBARでコーヒーやジェラード(イタリア風アイスクリーム・シャーベット)で気分を変えるのがストレス対処法だ。イタリアの中でもトリエステの人たちはローマ・ナポリとは少し違うシャイ(真面目・はにかみ屋・内気)な気質があるようだ。 さて、先進と言われるイタリアの精神障碍者に対する対応はどうなっているのか、清水理恵さんの解説をお借りするとこうだ。イタリアには単体の精神病院は一つもありません。1998年にバザーリアという医師によって、イタリア全土で完全に閉鎖されたからです。(社会での受け入れ体制など、歴史や文化も含め、日本とは全く異なるベースがあります。)対して日本は、先進国の中で、病床数も入院期間もダントツ№1。(以上解説)イタリアでも1960年頃までは日本同様入院イコール前科者として犯罪者として扱われていました。バザーリア院長はナチの収容所と同じではないか?と嘆いて病院の改革に取り掛かりました。まず、病院の清掃人に化けて直接障害者に接しその行動発言についてつぶさに調査を行いました。そして障害者の正常な怒りが異常と認識されている実情を見て正常な医師と患者との対応の必要を感じ改革を進め20年を費やして1200人いた入院患者を1998年にゼロとしました。精神障碍者の精神の症状は見えないが人生の一時期の症状として外傷と同じように治療すれば健常者に戻るものであることを実践しました。日本での治療もそうであるが患者がやりたいことを止めて何もしなくて良い、してはいけない悪化すると薬で抑え行動を制限することはせず、時間をかけて過去の症状や家族人生の経歴、環境の変化までも調査し話し合って改善して行く粘り強く忍耐のいる治療を行ったのである。症状に素晴らしいモデルはない!患者一人一人のオーダーメイド治療が必要であると言われた。また患者自身が自分で何かを行うことの大切さも教えられた。トリエスタの住民は障害者にとって良き理解者であり協力者である。もと病院のあった広場は学生・患者・市民との交流の場となっていて相互で長時間話合い、ふれあいサポートする知識をふくらませている。患者は元に戻らない努力を続けているのだ。トリエステの人々はお互いを尊重・尊敬し、年齢差を気にせず自分の意見をズバズバと言うそして理解し合う術(すべ)をもっている。 日本人と全く違う価値観・風習・文化・言語のイタリアで行われている精神障碍者への対応がそのまま日本に受け入れられるとは思われないが、イタリアの現状を参考に時間をかけて意識を改革し日本でも精神病院がなくなり、入院患者がゼロとなる時代が早く来ることを願ってやみません。

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