2015年12月6日日曜日

悲しい3本白の馬の物語

明治時代から昭和の初め位まで牛馬を使役して主に農耕が行われて来た。とある農村の馬小屋のそばに穴が掘られ、その横に生まれたばかりの馬っ子が横たわっている。見ると馬っ子の4本の脚の3本が白く瀕死の状態で放置されていた。3本白の馬は厄災を招くと昔から誰言うともなく信じられて来た。不吉・不幸をもたらす・主人を殺す・火事になる等々悪の権化のように怖れられた。 農家の父はこれを恐れて、先日生まれた仔馬を処分することを決心して乳を飲ませず餓死するのを待って埋める算段であった。二人の息子の弟は虚弱で気持ちの優しい性格で、父のこの仕打ちに必死で抵抗し餓死寸前の仔馬を何としても助けたいと父に嘆願し父の罵倒に耐えて、一切の責任を負う覚悟で馬っ子を育てた。母が良く口癖のように言って教えられた「短気は損気」から仔馬は「ソンキ」と名付けられて成長していった。ソンキはやせてはいたが足が速く頓馬と揶揄されながらも馬車馬として就役して、弟が引く手綱に毎日シャンシャンと鈴を鳴らして峠を越えて隣村へ荷物を運ぶ穏やかな日々が過ぎて行った。 終戦の直前、弟に召集令状が来て陸軍に入隊したが間もなく隠れるように帰郷してきた。その理由を聞くとただ、黙って冷ややかに笑っているだけだった。 二か月も過ぎた頃、弟は馬小屋のソンキの傍らで死んでいた。うわさでは3本白の馬に蹴られて殺されたと言う。3本白のソンキはその咎で2発の銃弾で処刑された。弟は頓馬と上官にののしられ体罰いじめを繰り返されて精神異常となり除隊させたのだった。そして可愛がったソンキのそばで自殺したのが真実だった。そして何の罪もないのにソンキは愛しい弟と共にみじめな最期を終えた。こんな悲しい物語は悲運と言うよりも人間の浅はかな迷信にとらわれた業を恨まざるをえないのだ。 左後脚の白毛は「さこういっぱく」と呼ばれて良馬の相と言われ「ハイセイコー」「トウカイテイオー」などがそうである。そんなことは信じたくない。 加藤多一・池田良二著、絵本「馬を洗って」童心社より原本の朗読を聞いて 作文したものである。

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