2016年1月22日金曜日

池田のうどん屋さんは元気です。


「うどん屋さん」が元気です。

「らーめんのまち池田」でインスタントラーメン発明記念館への来館者が連日あとを絶ちませんが、池田の「うどん」もらーめんに負けてはいません。なんと言っても池田には元治元年創業の「吾妻うどん」が健在です。150年間受け継がれて来た匠の味に市内外から常連・一見の客が絶えません。映画のロケにも再三使われて、芸能人も度々訪れる老舗としても知られています。5代目考案の「ささめうどん」は、ほそ麺に生姜・胡麻の香りを加えたあんかけで一番人気メニューです。

うどんの生産量日本一は香川県の「讃岐うどん」ですが池田では自家製の手打ちうどんを提供している店が「吾妻うどん」「麺惣更科」「麺料理ひら川」「麺処丸正」「くすのき庵」の5店、製造販売工場が㈱吉野商店(平成24年廃業)丸正製麺所の2社があります。池田は讃岐うどんに劣らぬ「大阪うどん」としての地位を保っているのをご存じでしたか?

うどんの起源には諸説がありますが、大和朝時代にはすでに中国から輸入され、平安・鎌倉時代に発達し、当時は「すいとん(団子)」や「ワンタン」のようなもので、現在のような細長い「ひも(索)のようになったのは江戸時代のことです。そして庶民に普及して、落語の「時(刻)うどん」に出てくる「夜啼きうどん」「振り売り(行商)」が流行りました。明確な区別はありませんが、一般的に関東は「蕎麦文化」関西は「饂飩文化」と言われ、大阪はうどん屋のはうが多いようです。大阪市西区新町にある新町南公園に「麺類食堂発祥の地」の石碑があって、通称「砂場」と呼ばれて、天正12年(1583)大阪城築城の人夫が多く集まり「いずみや・津の国屋」などの麺類店が開業したと記されています。

うどんの種類は大別して名古屋の「きしめん(ひもかわ)」京都北野の「俵うどん」四国の「讃岐うどん」徳島半田の「オカベの麺」そして「大阪うどん」など全国各地に独特のうどんがあります。大阪の「美々卯のうどんすき」名古屋の「八丁味噌煮込みきしめん」も有名ですね。

大坂うどんは出汁(だし・つゆ)に重きをおいてうどん玉は出汁を吸いやすいようにしなやかで柔らかい麺が好まれるようになりました。つゆは東海道本線関ケ原あたりから西は薄口醤油を使い、色は薄く澄んでいます。ちなみにうどんは中国読みで「温飩(ウントン)」が「饂飩(ウドン)」になったそうで、大阪ではご飯のおかずとして出汁を全部飲み干すのが「通」と言われます。

なくなった老舗では住友三井銀行の前に「一福屋」さんがありましたが、この店も廃業され寂しいかぎりです。製麺所では菅原町に由良製麺所もありました。

製麺も冷凍技術の進歩で保存期間が長く品質が保たれるようになり大量生産・一括購入で業務センターなどで廉売される商品となり価格競争が厳しく中小製麺業者の経営を難しくしています。

ところで、うどん専用箸があるのをご存じですか?先の断面が四角で溝が入っています。うどんが滑らずに食べ易いのです。滑ると言えば大阪天満宮境内の「星合の池」にある「星合茶屋」には「すべらんうどん」と言ううどんがあって稲荷ずしと共に受験生に大人気です。平ぺったいうどんの真ん中に切り込みがしてあって、そこに箸がすっとはいって持ち上げるとすべらんのです。考案した方は目が不自由なため、なんとか食べ易くと工夫されたうどんでしたが、天神さんのご加護で受験合格うどんとなり繁昌しています。

                            H22.9.(2010)

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