2016年1月18日月曜日

落語のまち池田って?


「落語のまち池田」ってどうして?

「らーめんのまち」とか「植木のまち」とか池田市は色々のアピールがありますが、その一つ「落語のまち池田」と言われているのは何故だろうか?まず池田が舞台となっている江戸時代の古典落語「池田の猪買い」「牛ほめ」があります。また平成189(2006)大阪に「天満天神繁昌亭」がオープンし、連日の大入りで一気に上方落語ブームが到来しました。繁昌亭を立ち上げた上方落語協会会長「桂三枝」は池田と深い関わりがあります。そこで翌年平成194月池田に落語関係の資料館として桂三枝が名誉館長となって「いけだ落語みゅ~じあむ」が誕生しました。実演の繁昌亭に対して資料の博物館として書籍・CD/DVDなど豊富に蒐集されていて誰でも利用することが出来ます。同時に若手落語家の高座として、アマチュア落語家の養成の場としても活用されています。いま一つ池田市豊島南「受楽寺」境内には型破りの芸風と破天荒な生き様で唄や芝居・映画の題材となった、初代「桂春団治」の慰霊碑が建立されていることです。2代目桂春団治と前住職と親交が厚く初代の遺骨が無縁となっていることを憂い3代目桂春団治が碑を建て霊を弔いました。毎年4月開催される「桂春団治まつり」にはまず受楽寺で法要が行われて、午後からは「上方大落語会」が文化会館アゼリアホールで盛大に催され、商店街のイベントで賑わいます。このような池田の落語との関わり由来が「社会人落語日本一決定戦」に結実しました。実行委員長は倉田市長、大会総括審査委員長が桂三枝で平成21815日開催となりました。全国からの応募の362名が勝ち抜いて予選会では150名が、そして決勝進出8名が池田市民文化会館アゼリアホールで競いました。その結果幸運にも第1回目は池田在住の「五月家ちろり(南野三千世)」さんが題目「子ほめ」で優勝され日本一に決定しました。今年も1024日第2回が行われることが決まりました。おあとが、よろしいようで!

H22.6.(2010)

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