2016年1月21日木曜日

From池田 To岸和田


From池田 To岸和田

H225月「池田泉州銀行」が誕生しました。地域の支持率ナンバーワンを目指す地方銀行として経営統合がなされました。今回の合併は大阪南部のエリアの獲得で両者の企業戦略としてのメリットを追求する意図があってのことですが、池田市と岸和田市は歴史的・風土的共通性が合併に至る基盤となっていることをご存じでしょうか?

旧泉州銀行の本店は岸和田にあります。大阪南部泉州は堺市と岸和田が、北摂は豊中市と池田市が核となる位置的共通性があります。市制の施行も大阪市→堺市→岸和田市→豊中市→池田市の順に施行されました。共に城下町として古い歴史・文化に支えられている街です。北摂の池田、泉州の岸和田として行政機関の中心としての施設があります。過去には岸和田に「岸和田紡績」が、池田にはダイハツ・阪急電鉄が地域経済を担い都市機能と都市基盤の整備が先進的でした。そしてどちらも、人々を引き付ける魅力ある街でした。夏にはそれぞれ伝統の「だんじり祭り」「がんがら火祭り」が町々を盛り上げます。両市が存在を意識せずに今日まで発展して来ました。

こんな故事をご存じでしょうか?江戸時代の天明4(1784)池田市天神に生まれた大阪天満の寒天問屋「大根屋小衛門」(石田敬起)は殊に財政に優れていることで評判が高かった。当時借金に苦しんでいた取引先泉州岸和田藩に頼まれ文政12(1829)藩の財政改革に着手して見事に成功させました。実績を残した石田小右衛門は麻田藩・西本願寺と次々に財政コンサルタントとして腕を振るいました。池田市天神の「正国寺」には小右衛門を顕彰する「知白斎」(小右衛門の号)の石碑があります。(小右衛門は檀家でした)池田市と岸和田市はこのような不思議な縁があり岸和田に親しみをかんじます。

旧池田銀行は昭和2610月池田信用組合を譲受け本町3166番地(現在落語ミュージアムのある場所)で戦後5番目の地方銀行として発足、昭和27年城南町499番地に現在の旧池田本店が竣工しました。平成18(2006)には中国友好都市蘇州市に駐在員事務所を開設し発展を続けています。池田市と岸和田市の友好が一層深まり、池田泉州銀行がその絆となり両市が益々繁栄することを願っています。 H22.8.(2011)

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