2017年2月21日火曜日

さくら通りになぜ桜がないの?

地名には歴史・由来があります。府道箕面池田線「さくら通り」は桜の散ったあと牡丹と競うように花水木(ハナミズキ)が真っ白やピンクの花を咲かせます。昭和20615日大阪大空襲があって池田にも若干の被害がありました。戦局が厳しさを増すなか、今後の空襲による延焼を防ぐため道路が拡幅され桜の木が植えられました。しかし戦後虫害や落葉の苦情があって桜は伐採されて代わりに花水木が街路樹となりました。この道は昔から池田の郡役所や警察署に通ずるメインストリートでした。またその昔著名な漢学者田中桐江の門人、国学者荒木蘭皐の住居があり荒木町と呼ばれ文化人のメッカでもありました。道の傍には小蟹川が流れる風光の散歩道でもありました。平成9年「大阪なみはや国体」では卓球の競技場体育館へのメインロードとして整備され道路の両側には能勢特産の黒御影石の彫刻が並び石の道とも呼ばれています。故3代目桂春団治は花水木をこよなく愛しました「落語の池田」としてもさくら通りの花水木もふさわしいものとなりましたね。






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